Pyon's Diary
成る可くJIS X 0213:2004對應MSフォント(5.0)、IPAフォント(003.02)で御覽下さい
2007-07-17 舊 平成拾玖年水無月肆日 (火・雨) [長年日記]
法律、時効に就いて。
けふの新聞*1を眺めてゐて面白いコラムが目に留まつた。
作家の柴田翔が時効に就いて書いてゐた。時効に就いては色々な學説が在り、例へば、
- 應報感情消滅説。
- 犯人悔悟説。
- 證據消滅説。
等が在るらしい。著者も書いてゐるが今一つ説得力に缺ける。此以外に在るのかと思つたら他に「社會を安定させる爲」に時効が在る、と云ふ説が在るらしい。
拾伍年もすれば、逃亡中の犯人の周圍にも、それなりの人間關係ができてゐる。そこからいきなり一人の人間を引き抜いたら、そこの人間關係、たとへば家族、は崩壞してしまふ。法律は正義だけではなく、社會の安定にも留意しなくてはならない。
[日本經濟新聞 2007年7月17日夕刊 東京第四版一面、柴田翔 著「平均寿命と時効」より引用]
此を讀んで成程な、と思つた。犯人に得をさせるのが目的では無く、警察が逮捕出來無い間に彼に依存して生活する人が出來て了つた場合、彼を塀の中に抛り込んで了つたら、其乃無辜の人達の生活は破綻して仕舞ふから、時効が在るのか。
其れを考へると、時効と云ふものは在つても仕樣が無いのかも知れ無い。
追記: (2009/03/13)
元札幌高檢の佐藤道夫も、昔何處かの雜誌で同じやうな事を買いてゐた事を思ひ出した。
何の雑誌だつたかな。週刊朝日だつたかも知れない。
追記: (2010/02/07)
三浦和義がサイパンで拘束されて米國本土に移送される直前に自殺した事件の後から時効廢止派が力を得てゐる感じがする。
死刑の存置は賛成だけど、時効の廢止には餘り氣乘りがしない。
慥かに「逃げ得」は許されるべきではないだらうけど、關係者全員が氣持ちの區切りがつかない時間を延々と過ごすと云ふのも、其れは其れで可哀想な氣がする。
*1 日本經濟新聞 2007年7月14日(夕刊)東京第四版、第一面。
[]
目次
ふざけるな。<br>犯した罪は償わなければならない。<br><br>事に殺人事件に限ってはあってはならない法の不備である。<br><br>関係者の中から消えているものがある。<br>被害者の立場から考えたことがるのか。<br>時効がきたからといって区切りがつく?<br>なわけないだろう。<br><br>理不尽に知人や身内を殺されたりした人間がその後どういう人生を送ることになるか、もっと知っておくべきだ。