Pyon's Diary
2002-07-28 舊 平成拾肆年水無月拾舊日 (晴) [更]
付箋/Ruby with IP Messenger (假稱) (No.01)
くわがたさんに送つたパッチが旨く當たら無かつたらしい*1。(其之貳に續く)
*1 cvs diff で作つたパッチは何か變なのかな?
付箋/Ruby with IP Messenger (假稱) (No.02)
(前囘は此方) くわがたさん作の付箋/Rubyに竹内さん作のIP Messenger Class for Ruby 1.0を組込むパッチを作成したので公開して良いかとメールで尋ねた處、快諾の返事を頂いた*1。
其の内何處かに載せませう。(No.03に續く)
*1 本當はもつと前に返事を頂いてゐたんだけど、メールチェックをしてゐなかつたのさ。
平成三十年。
彼女に教えて貰つた平成三十年 私は五十一。面白い。
追記: 今年は平成拾玖年。(2007-10-22)
原作が連載されてゐたのは平成玖年。
當時から既に拾年經過してゐるが、後拾年と少しで堺屋太一が描く樣な世の中に成るのか。
2006-07-28 舊 平成拾捌年文月肆日 (金・曇) [更]
WASF 第四囘コンファレンス。
高木浩光@自宅の日記 2006年07月23日の條で紹介されてゐたので、申込んで同僚と一緒に聽きに 行つて來た。
高木さんに依れば最近の流行は CSRF と Session Fixation らしいが、 三井物産の目崎さんに依ると現在でも良く發見される(七割五分程度) 脆弱性は XSS らしい。
要するに高木さんと始めとする先頭集團と普通の開發者で有る 後方集團との間では、可成りの温度差が有ると云ふ事か。
肆番目の發表が高木さんの日記にも書かれてゐた、三井住友銀行の 山口さんに依る「公式メールへの S/MIME の導入と運用」だつた。
三井住友銀行の公式メールを全て S/MIME にした理由と導入後の手當てを 解り易く、實例を基に説明されてゐた。後半の方で S/MIME に代へた移行後 どんな事態が起こり、其れに對する對處法が幾つも説明されてゐて、此から 自分の會社の公式メールを S/MIME にしようと考へてゐる人達に取つては 可成り參考に成つたと思ふ。
陸番目の「BLOG の闇」は一寸期待してゐたのだが、結局「Trackback Spam どうにか ならんか」と云ふ話に終始してゐて、一寸期待外れだつた。
をはつてから、同僚と丸ビル近くのカフェテラスで麥酒を飲み乍ら話して ゐたのだが、何か世間に取殘されて寂しいね、と二人で寂しく成つて仕舞つた。
何にせよ、8400 圓で此だけの話が聽く事が出來るのはとてもお徳。
英珠 演奏會 (横濱)
同僚と別れてから横濱の KAMOME に向かつた。さ○う先生と、ち○し○と、さ○う先生推奬の英珠の演奏會を聽きに行く爲。
丸の内で少しゆつくりした爲、八時を拾五分も回つて仕舞つた。店に入ると既に樂器の演奏が始まつてをり、さ○う先生と、ち○し○は酒を飲み乍ら、聽入つてゐた。麥酒を註文して、其れを飲み乍ら樂器の演奏を聽いた。
暫くすると英珠が登場。スタンダード・ポップスをスローテンポにアレンジしてゐて、酒を飲み乍ら搖蕩ふのに丁度良かつた。
最後の四曲はアップテンポな曲を唄つて、可成り好い氣分に成つて御開き。つゐ CD を買つて仕舞ひ、おまけにサイン迄貰つて仕舞つた。
さ○う先生の記録は此方。
2007-07-28 舊 平成拾玖年水無月拾伍日 (土・晴) [更]
浴衣で神楽座を散歩。
けふは神樂坂の BRUSSELS で「浴衣祭り」。
實家に浴衣を取りに行つてゐる間、ち○し○は近處の呉服屋さんに浴衣の着付けを習ひに 行つた。浴衣を持つて歸宅してもち○し○がゐ無かつたので、呉服屋さんに行つてみると 丁度練習がをはつた處だつた。
と思つたが日差しが暑いので、歩いて行くのは止めて地下鐵で飯田橋迄行き、神樂坂を 登る事にした。驛の乘場、車輛の中で人目が氣に成るのか、ち○し○が恥ずかしさうに してゐた。
呉服屋さんに、けふの神樂坂は人出が夛いらしい、と聞いてゐたので、其れなりに 覺悟して神樂坂を登つたのだが、暑い所爲か節分の時に較べると溢れてゐる、 と云ふ程では無かつた。慥かに暑いし、坂は急だし可成り體力が削られたが。
約束の時間が毘沙門天前に 拾二時四拾五分。着いたのが四拾分だつたが、誰もゐ無かつた。暑いので 近くの茶店で待つ事にした。ち○し○がオレンジ、自分が グレープ・フルーツの絞り汁を飲んでゐると、し○かさんが毘沙門天の前に現れた。
其乃儘四・五分程眺めてゐたが、矢張り誰も來無い。此方も暑い所へ出るのが 厭なので、し○かさんが門前で風を扇いでゐるのを見守つてゐたが、矢張り誰も 來無いので、仕方無しに茶店を出た。
此で三人。暫く「暑いね〜。」とか云ひ乍ら待つてゐると、わ○べさんが登場。 此で四人。道行く人は皆洋裝の中、毘沙門天の前に浴衣姿の男女が四人。 結構人目を惹いたかも知れ無い。
わ○べさんが店に何度か連絡をして、待つ事拾數分。漸く店長さん御一行(う○ひさん、 み○り○、め○ろさん)が到着。此で七人。わ○べさんの彼女が後から來る、 と云ふ事なので「二葉」へ向かつた。
浴衣姿の一行が神樂坂をぞろゞゝ下つて、横丁へ入り、暖簾を潜つて大きい卓に 着いた。最初は正座をしてゐたが、段々と足が辛く成つて來たので、胡座にしたが、 着慣れ無い浴衣を着てゐる所爲が、胡座を掛くのが六つかしかつた。
有名な「ばらちらし」を頂くと結構滿腹になつた。横に成り度く成つたが、 皆もゐるので止めた。其乃儘雑談をして暫くして外に出た。
外に出ると暑かつたので、では、と云ふ事で御濠に在る 「カナルカフェ」に行かう、と云ふ事になり 更に神樂坂を下つた。神樂坂下の交叉點を渡り、 カナルカフェに到着。
陽が未だ高かつたので、餘り日蔭が無かつたが、取敢へず陽當たるの少無い席に 着いて乾杯。皆蕩け乍ら麥酒を飲んで煙草をふかしてゐた。
「蝉の啼き聲がすると氣温が三度上がつた樣な氣がする。」と話してゐたら、 近くに在つた櫻の木に蝉が留まり、頑張ら無くても良いのに矢鱈と頑張つた聲で 啼き始めた。氣温が五度上がつた。
「カナルカフェ」でゆるりとした後、 亦神樂坂を登り、商店街を見物した。途中の呉服屋で、う○ひさんが今宵使ふ襷を 買つたり、み○り○が浴衣を汚さ無い樣に黒の前掛けを買つたりしてゐた。
神樂坂上の交叉點を過ぎて、暫く歩いてから茶店に入つた。矢張り外は暑かつた。 店の中の涼しさが心地良かつた。わ○べさんの彼女が「けふ初めて皆にこやかな 貌に成つてゐる。」と言つた。其れ迄は皆暑くて、疲れた表情をしてゐたらしい。
茶を飲んで、う○ひさん達は店の準備が在るので店に戻り、め○ろさんは汗を流しに 近處の錢湯へ、我々は汗を流しに一旦歸宅する事にした。
2008-07-28 舊 平成廿年戊子水無月廿陸日己巳 (月・晴) [更]
ニートは犯罪だつた。
を讀んで初めて知つた。
ニートは犯罪だつた。
以下は引用。
第一條 左の各號の一に該當する者は、これを拘留又は科料に處する。
四 生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの
[軽犯罪法 (昭和廿三年五月一日法律第三拾九號)より引用]
此乃條文をまともに適用したらえらひ事に成りさうだ。