Pyon's Diary
2003-04-28 舊 平成拾伍年彌生廿漆日 (晴) [更]
WLI-PCM-L11GP & WLI-PCI-OP を使ふ (其之壹)
Gentoo Linux を導入れた N2040 を無線 LAN で繋ぐ事にした。何は共有れ情報収集をする。
(壹)ハードの取付け。
WLI-PCI-OP を PCI スロットに差込んでから、WLI-PCM-L11GP を WLI-PCI-OP に差す。電源を入れて cat /proc/pci とすると、以下の樣な情報が出力される。
(前略)
Bus 1, device 5, function 0:
CardBus bridge: Ricoh Co Ltd RL5c475 (rev 128).
IRQ 9.
Master Capable. Latency=32. Max Lat=7.
Non-prefetchable 32 bit memory at 0xed002000 [0xed002fff].
(後略)
制御チップは RICOH の RL5C475 を、IRQ は 9 を使用してゐる事が判る。RL5C475 のデータシートに依れば、此は Intel 82365 互換で有る事が判る。
(貳)カーネルの再構築。
orinoco_cs ドライバを作成するにはカーネルの CONFIG_NET_RADIO を有効にする必要が有る。其れを有効にするには make menuconfig を實行し、
Network device support → Wireless LAN (non-hamradio)
を有効にする。但し PCMCIA サポートは有効にし無い。後はお決まりの呪文を唱へる。
# cd /usr/src/linux # /usr/bin/make menuconfig # /usr/bin/make dep clean bzImage modules modules_install # /bin/mount /dev/hda2 /boot ← 普段は /boot をマウントしてゐないので。 # /bin/cp -p arch/i386/boot/bzImage /boot/bzImage.YYYYMMDD # /usr/bin/vim /boot/grub/menu.lst ← GRUB の設定を行ふ。 # /sbin/shutdown -r now
(參)PCMCIA の構築。
pcmcia-cs のコンパイルは普通に emerge すれば良い。此で orinoco_cs ドライバが作成される。
# /usr/bin/emerge rsync # /usr/bin/emerge pcmcia-cs
(四)設定。
先づ /etc/conf.d/pcmcia を編輯する。Linux Q&A、D-Link DWL-500 PCI Wireless Adapter (Ricoh RL5C475) を觀ると PCIC は i82365、PCIC_OPTS には irq_mode=0 を指定すれば良いみたいなので、Debianで無線LANを使う(参考)も參考にして以下の樣に設定する。
PCIC="i82365" PCIC_OPTS="pci_irq_list=9 irq_mode=0"
(五)次に /etc/pcmcia/wireless.opts を編輯する。
全てのカードに適合する設定を註釋化して『Lucent Wavelan IEEE 〜』の節を自分の環境に合はせて編輯する。
ESSID="<自分の ESS-ID>" MODE="Managed" RATE="auto" KEY="s:*****"
(六)起動スクリプトの設定。
次に Gentoo Linux 1.4_rc2 インストール手引書 --- 17.最終ステップ:カーネルとシステムロガー及び Gentoo Linux 1.4_rc2 インストール手引書 --- 23.最終ネットワーク設定を參考にして /etc/conf.d/net を新しい設定に合はせて編輯する。無線 LAN は eth1 に成るので、其之 IP アドレス等を設定する。最後に以下の作業を行ふ。
# cd /etc/init.d # /bin/cp -p net.eth0 net.eth1 # /usr/bin/vim net.eth1 ← 「use pcmcia」を「need pcmcia」に直す。 # /etc/init.d/net.eth1 start
此で無線 LAN が使へる樣に成る筈。(次囘へ)
2007-04-28 舊 平成拾玖年彌生拾貳日 (土・晴) [更]
ち○し○の實家を訪ねた。
連休の後半は自分達の豫定が細切れに入つてゐたので、前半に當たるけふ・明日にち○し○の實家に行く事にしてゐた。
前日に義弟からち○し○に「筍掘りに行きませう。晝迄に來てね。」と電子郵便が入つてゐたので、普段よりも早く起きて眠い目を擦りつゝ、下總は佐倉に向かつた。
ち○し○の實家に着くと丁度義弟の一家も到着した處で、挨拶もそこゝゝに直ぐ樣山武の森公園に向かつた。
山武の森公園の向かひに在る量販店で御辨當を買ひ、皆で公園のベンチで御晝を攝つた。風が少し在つたけど、良く晴れてゐて氣持が良かつた。
公園で筍を掘るのかと思つてゐたら違つて、此處から更に車で五・六分程云つた處に在る山の中だと云はれたので、又皆で車に載つて筍の在る山へ向かつた。
既に子供の背丈迄育つた筍が何本か在り、「此は手遅れでは。」と思ひつゝ皆で筍を掘つた。不斷筋肉等全く使は無い生活を送つてゐるので、圓匙を使つて筍の周りの土を掘り下げて行くのは結構疲れた。
結局、五・六本の筍を掘出して一息吐いてから再び山武の森公園に戻つた。一寸疲れてゐたので、ち○し○の實家に戻り度かつたのだが、何があるのだろう、と思つてゐると、車が止まつた途端義弟の車から姪(義弟の子)がボール紙を片手に飛び出して行つた。どうやら下の方に目當ての遊具があるらしい。
其れは普通據りも數倍長い滑り臺で、摩擦で熱く成ら無い樣に其處が小さい滑車に成つてゐた。其れだと普通に滑ると尻ががたつくので、姪はボール紙を敷いて滑つてゐた。
小一時間其乃遊び場で愉しんだ後、再度向かひの量販店に行つて晩御飯の材料を買ひ、ち○し○の實家に戻つた。
晩御飯は鍋とけふ獲つて來た筍の内、若いのを燒いた物が出て來た、一寸えぐ味が有つたが芳ばしく、麥酒と良く和つて美味しかつた。鍋も皆で突いて滿腹に成つた。